要約:アントニオ・ザドラ、ロバート・スティックゴールド共著『夢を見るとき脳は-睡眠と夢の謎に迫る科学』は、夢の科学的な研究の成果を生理学の知識を前提とせず解説するとともに、フロイトにより過小評価されてしまった19世紀の夢研究の再評価にも努めていて好感が持てます。
今回は夢の科学的な理解に役立つ、一般の読者の方向けの本を紹介いたします。
夢に関する俗説の誤りを指摘
今回ご紹介するのは、アントニオ・ザドラ、ロバート・スティックゴールド共著『夢を見るとき脳は-睡眠と夢の謎に迫る科学』です。
以前に紹介した『睡眠と夢』も、原著の出版が1992年と夢の科学的な解説書の翻訳本としては比較的新しいものでしたが、今回ご紹介する『夢を見るとき脳は-睡眠と夢の謎に迫る科学』は原著の出版が2021年とつい最近であるため、夢に関するさらに新しい知見が期待できます。
例えば『睡眠と夢』でも指摘されていた、巷に広がる「夢は最も眠りの浅いレム睡眠のときに(のみ)見るもの」との見解が誤りであることが、詳しいデータによってより詳しく解説されています。
(実験によって、確かにレム睡眠の段階が最も夢を見る確率が高いものの、それ以外のどの睡眠の深さでも夢を見る場合があることが確かめられているようです)
夢に関する最新の知見を分かりやすく紹介
また『夢を見るとき脳は』には、夢に関する科学的な知見が非常に分かりやすく書かれています。
前述の『睡眠と夢』には、一般の方向けのセミナーの記録も含まれていますが、それでも生理学の話が大部分を占めるため、その分野の知識がある程度はないと読みこなすのが難しいように思えます。
対して『夢を見るとき脳は』では、そうした生理学的な説明は最小限に留め、より日常的な概念による説明がなされているため、おそらく生理学に関する専門的な知識がなくても容易に理解できると思われます。
フロイトの功罪にも言及
しかし『夢を見るとき脳は』の一番の特徴は、夢にまつわる最新の知見のみならず夢研究の歴史、特に19世紀の夢研究の成果の紹介にも多くのページが割かれていることです。
そこでは20世紀以降の発見を予見するような成果が少なからず存在したにもかかわらず、それらがフロイトにより『夢判断』の中で過小評価されたことで世間から忘れ去られてしまった経緯が綴られています。
同書でも指摘されているように、この『夢判断』の内容が(時間はかかりましたが)知識人や芸術家、そして一般の人々に広く受け入れられたことで、夢への関心がその解釈や無意識の性質などにばかり向いてしまい、20世紀の中頃までは科学的な研究があまり進まなくなってしまった点は否めないように思えます。
次回は今回紹介した『夢を見るとき脳は』でも解説されている「金縛り」という現象について記事にする予定です。
紹介文献
アントニオ・ザドラ、ロバート・スティックゴールド共著『夢を見るとき脳は-睡眠と夢の謎に迫る科学』、紀伊國屋書店、2021年