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PTSD(心的外傷後ストレス障害)体験とその治療

私自身のPTSD体験および、その際に行った治療について掲載させていただきます。
注)PTSDは、もともと外傷後ストレス障害と訳され、もっぱら重度の外傷(大災害や犯罪)の被害者の方のために用いられていたようですが、今日ではストレス因子に心的外傷(トラウマ)も含むのが一般化し、心的外傷後ストレス障害と訳されることが多くなってきています。
今回の私の体験も言わば「言葉の暴力」と呼べるもので、心的外傷の範疇に含まれるものです。

ストレス因子・心的外傷:

ある心理療法において指導的な立場にあるセラピストの方とミーティングを行っていた時のことです。
不意に心理カウンセリングの仕事を今すぐやめるように迫られたのですが、それは私にとってあまりにも重大事であったため即答できず「少し考えさせて下さい」と応じたのですが、「そうやって何でも一人で決めようとするのが、あなたの悪いところだ。今すぐこの場の関係性の中で決めなさい」と切り返されてしまいました。
冷静に考えると、大事なことを時間をかけて検討するのは至極当たり前のことですが、この時の私は相手の気迫(これがストレス因子に当たります)に圧倒されてしまい、冷静な判断力を失ってしまいました。
すぐに返事ができずに固まってしまった私を見て、相手の方がポツリと「困ったなぁ…」
その場に気まずい雰囲気が流れました…(これもストレス因子になっています)
さらに追い打ちをかけるように「あなたに心理カウンセリングの仕事をする能力があるとは思えない」…
この「能力がない」と言われたことがとても堪え(結果的に、これが心的外傷の引き金になりました)、なかば諦めたように「判りました。」と相手の要求を呑みました。その瞬間、ホッと体全体が楽になるのを感じました。
帰り道「これはきっと(心理カウンセリングの仕事を)諦めたからに違いない」と思えました。
(それは、やりがいがある反面、大変なことでもあったからです)

PTSD(心的外傷後ストレス障害)を体験:

ところが家に帰ってから事態は急変します。急に言い様のない無力感に襲われたのです。
その無力感は心理カウンセリングの仕事のみならず生活のあらゆる面におよび、自分にはそれを行う能力がない、生きている価値もないように感じられました。また喜びの感情が失われ抑うつ感に支配されました。
さらに10年ほど前の社会不安障害・パニック障害の時のことが思い出され、「またパニック発作が起こるのではないか? あの悪夢のような日々に逆戻りしてしまうのではないか?」との不安に駆られました。
その後も繰り返し、例のセラピストのことが思い出され(=フラッシュバック)、その度にものすごい怒りが込み上げてきて何も手につかなくなりました(一時は訴訟も考えたほどです)。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療経過:

PTSDの話を聞いてもらう

数日後、スカイプを用いた心理カウンセリングの勉強会がありましたので、その場を借りて学習仲間に今回のPTSDのことについて話を聞いてもらいました。
正直、仲間の応対は共感的とは言い難かったのですが、それでも私には「とても救いと」なりました。なぜなら、お互い同じ立場だったゆえに言いたいことが言えた(言わせてもらえた)からです。これはPTSDの原因となったやりとりの、指導者に対して何も言えなかった状態とは雲泥の差です。

心理カウンセリング

その後、無力感、抑うつ感、パニック発作への予期不安は治まりましたが依然としてフラッシュバックは続き、怒りによる心の支配、集中力の欠如など少なからず生活に支障が出ていましたで、信頼のおける別のセラピストの方に心理カウンセリングをお願いしました。
カウンセリングではひと通り話を聞いてもらった後に、今回のPTSDの原因の一つとして加害者であるセラピストに無理強いされた際に、私の方からも「積極的に相手の言いなりになる」ような傾向があることが明らかとなりました*。
*そうまでして「相手の要求に応えたい、認められたい」と思うのには、私自身の(自尊心の維持に関して問題を抱える)自己愛性人格の傾向が影響していると思われます。
そこで「本当はどのように対応すれば良かったのか」を知るために相手のセラピストの立場を体験しました(ゲシュタルト療法)。すると徐々に相手の目つきや仕草などが細かく思い出されてきました…
それはとても操作的なものでした。相手を自分の思いどおりに操作するための手練手管の数々が姿を現したのです。
そして私を一番苦しめた一言「能力がない」も、私がなかなか折れないのを見て「駄目押しとして付け足されたものに過ぎない」ことも明らかとなりました。
こうして私は、PTSDを引き起こした心的外傷(呪いの言葉の数々)から解き放たれ、フラッシュバックをはじめとした症状も消失していきました。
注)今回のカウンセリングで明るみとなったことは必ずしも事実とは限りません。あくまで私の認知(物事の受け止め方、内的現実)です。
しかし(これは心の病い一般に言えることですが)外的な現実が何もかわらなくても認知の仕方が変わることで、人は癒され病いから立ち直ることができます。

PTSDからの教訓:

今回のPTSDの一件から「ひょっとして自分も、無意識にクライエントさんを同じ目に遭わせてしまうこともあるかもしれない」との危機意識が芽生え、カウンセリングしていただいた方との間で「定期的な個人セッション」「スーパービジョン(カウンセリングの指導)」「リファー(困難なクライエントさんの引き受け)」の契約を結ぶ契機となりました。
また自分が、不安定な自尊心を満たすために「進んで他人に利用される」ことが多々あることを肝に銘じ、そのような状況に陥らないよう意識するようになりました。

PTSD後の自己分析:

マゾヒスティック(自虐的)人格傾向

その後の自己分析(夢分析)で、私には他人の心の中にある「他者を支配したり操作する欲求」を引き出す傾向(マゾヒスティック(自虐的)人格傾向)があることも判りました。
関連ページ:マゾヒスティック(自虐的)人格傾向@夢分析&自己分析

「置き換え」の存在

最後に、このブログを書いていて気づいたことがあります。相手の要求に屈した時に「体が楽になった」ことについてです。
今だから判りますが、これはその場のプレッシャーから解放され、一時的にストレスが軽減されたからだと思われます。
人間には「自分の選択が正しかった」と思い込む習性(思い込みたい欲求)があります。そして正当化のために「一見もっともな理由付け」を行います。
そのようにして「これはきっと(心理カウンセリングの仕事を)諦めたからに違いない」という思い込みが生じたのでしょう。このような対象の移し替えは防衛機制の一つで置き換えと呼ばれます。
もし置き換えが生じていなかったなら、それはそれで大変な選択ミスを犯したことに気づき、後悔の念に苛まれていたことでしょう。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)参考書籍

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