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生還@死の夢:夢分析

ある方の夢日記を見ていて、昔自分が見た夢のことを思い出す。
当時の夢日記を紐解いてみる。

2004/03/22の夢日記:

仲間とバスに乗っている。途中、ひとりで下車して森の中に入っていく。木々や草の緑が妙に人工的に感じる。緩やかな下り道が延々と続いている。そのまま行ってしまおうと思ったが、何となく引き返す。
上まで戻ると、小高い丘に薄汚い作業衣姿のオヤジがいて「寂しいんだろ」と言う。ムカッと来て、そのまま無視して通り過ぎる。
バス停まで戻る。水族館行きのバスがあるらしい。だったら、そこで仲間に合流できるのでは、と思う。

プチ夢分析(直感):

起きてすぐ、直感的に「あのまま森の中に入って行けば死んでしまっていただろう。引き返したことで生還できた。」と感じた。
まだ死ぬべきではないのだろう。

死の夢(プチ夢分析を振り返る):

当時の日記を振り返って見ても、仕事上の悩みはあっても、自殺しようなどと思っていた形跡は、どこにも見当たりません。しかしながら、起床時に感じた死への恐怖はあまりにもリアルでした。だとしたら、事故に遭うとか、精神錯乱になる、といったところでしょうか?
あるいは、ここでいう『死』とは、象徴的な死を指すのかも知れません。もっとも、仮に「象徴的な死」だとしても、心の中のとても大切な部分を失い、取り返しのつかないことになっていた気がします。
(上手く伝わっていないかも知れませんが)それぐらい、この夢は私にとって死の香りに満ち満ちています。
この夢は、たった一度で「有無を言わせず、すべてを無に帰する」ような本当に恐ろしい夢です。これは、無意識の闇の部分が凝縮された死の夢です。

投影(再度の夢分析):

記事を書き終えたところで、先ほどの方の夢日記を見返すとコメントが添えられていました。「取りあえず大丈夫」とのことです。安心すると同時に、「そうなると、この死への恐怖に満ち満ちた記事をTBして良いものか?」という疑問が出てきました。
そこで、今少し分析を加えることにします。
二つの夢の共通点は、「どこかおかしいな、と思って引き返して夢が終わる」点です。
そこでちょっとコメントを残したところ、「夢分析を試みたが、途中で怖くなって止めた。」とのコメントが寄せられた。この一文に私は「深刻な気配」を感じたわけですが、そのことに自分の夢の印象(死の瀬戸際だった)が投影の形で一役買っているのは疑いの余地がありません。
結局、私の夢の分析結果はそれ以上のものでは決してなく、内容が似ていたとしても他人である、その方の夢にそのまま適用できる訳ではないのです。

夢分析補足(グリム童話「トルーデさん」との関連):

その後、二つの夢から少し前に読み始めた「昔話の深層 -ユング心理学とグリム童話」の中の『トルーデさん』の話を思い出しました。
主人公の娘が、好奇心から魔女「トルーデさん」の所へヒョコヒョコ出かけて行き、実にあっけなく殺されてしまう物語です。
人間(意識)の好奇心は時として命取りになるという、何とも恐ろしい話です。
「トルーデさん」の話を思い出すと、つくづく「危ないところだった、思いとどまって良かった」と思うのです。ふぅ~。
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最初に「トルーデさん」という一番残酷な童話を持って来るって、河合さんはどのような意図があったのでしょう? 興味深いところです。

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